人殺しをして何が悪い

人殺しをしたことある犯罪者なら誰でも思うだろう。

 

何かしら理由があって殺すのだから。

 

憎い奴、恨みのある奴、復讐したい奴、誰だってそういう奴いるだろう。

 

俺はいる。職場の奴とか家族の奴だ。殺意を抱くのは人間として当然の感情だ。

 

職場の奴は上司に猫を被って格下の人間にはいい加減に接し、威嚇、威圧を与えるなどパワハラを普通に行うのだ。

とにかく人を殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい殺したい。

ただ、無差別にやるのは面白くない。

 

どうせ殺すなら特定の奴を、密室で、証拠を消す、証拠を残さないなどの対策が不可欠。

それが飯塚耕三でもいい。恐らく奴の場合専属の護衛がいてもおかしくない。それが上級国民だからだ。自分が得することを最優先するからだ。

 

警察もそれを何かしら賄賂によって、飯塚を捕まえなかったのだろう。警察は職務怠慢。警察を皆殺しにしてでも世の中を変えなければならない。